回到神殿

 春の領主会議までに呼び出さなければならないとはいえ、今は冬の主の討伐さえ終わっていない吹雪が強くなっている冬の半ばだ。平民の商人を呼ぼうと思ったところで、すぐに呼べる状況ではない。

「冬の主の討伐が終わってから、奧普・埃倫費斯特の名で招待状を出すことになるので、蘿絲梅茵は前もって本諾達に知らせてやれ。何の準備もなく、というわけにはいかぬだろう?」

 基貝・哈爾登采爾に呼び出された時の様子は哀れであった、と神官長が呟いた。そういえば、お母様の実家がある哈爾登采爾に工房を作るため、上級貴族に囲まれて商談するという大変な思いをしたと聞いた覚えがある。神官長から見ても、同情せざるを得ないような状況だったらしい。

「そして、ベンノと城へと上がる人数の調整をして、報告しなさい。文官にそれだけの人数を対象にした招待状を作らせる」
「瞭解了。……養父大人,吉爾貝塔商会の代表はすでに変わっているのですけれど、そちらの代表も呼んでおきましょうか?」
「あぁ、そちらとの調整は任せる。他の文官に任せるより、其方が自分で行った方が安心できるのだろう?」
「恐れ入ります」

「では、明日には神殿に戻るぞ、蘿絲梅茵。冬の主が本格的に動き始める前に調整せねばならぬからな」
「わかりました」



 その日の夕食はおじい様や神官長も一緒で、領主一家の団欒という感じになった。
 夏洛特に貴族院がどのようなところか聞かれたので、わたしは図書館と史瓦茲と懷斯について熱く語る。

「図書館のお手伝いをする大きな松兔の形をした魔術具ですか? それはとても可愛いでしょうね」
「えぇ。女子生徒にはとても人気があるのです。新しい主は新しい服を贈ることになっていて、皆で今考えているところなのです。男の子と女の子の格好をさせる予定なのですけれど、図書委員の腕章は絶対に付けるのですよ。わたくしもお揃いを付ける予定なのです」
「お揃いの腕章ですか? 主であるお姉様と一緒に図書館の中を歩いている姿を見たいですわ。来年が楽しみです」

 夏洛特と会話が弾んだ後は、わくわくとした様子のおじい様から迪塔勝負の話を聞かれた。やはり騎士は迪塔に多大な関心があるのか、養父様の後ろに立っているお父様の目もちょっと輝いている気がする。

「蘿絲梅茵は奇策を使って敦刻爾弗格に勝利したのだろう? 一体どのような奇策を使ったのだ?」
「一回限りの変則的な宝盗り迪塔だったので、使えた奇策です。まず、宝となる魔物は修塔普で縛っておいたら暴れず、縛られていても死なない程度のそれ程大きくはないものにしてもらいました」
「それでは、一度攻撃されれば殺されるぞ?」

 むむっとして首を傾げるおじい様に、わたしは胸を張って答える。

「ですから、わたくしの騎獣に入れて、殺されないように守りました」
「騎獣の中だと!?」
「そうです。わたくしの魔力を上回らなければ、騎獣を壊して奪えませんから、わたくしが騎獣に乗っている限り、そう簡単には負けません」

 呆然としているお父様とおじい様の表情から考えると、やはり騎士が考えるような策略ではなかったようだ。神官長は「あの浣鼬にそのような使い道があるとは……」と感心したように頷いているのが見える。

 それから、わたしは宝を狩って戻ってくる敵に奇襲をかけた話を始めた。じっと聞いていたおじい様がまた不可解そうな顔になった。

「……蘿絲梅茵の話を聞く限りでは、競技場の中で、魔獣を狩って戻ってきた相手を攻撃しただけのように聞こえるが、それは奇襲でも何でもないのではないか?」
「今の貴族院では速さを競う迪塔が主流なので、宝盗り迪塔を経験したことがある騎士見習いがどちらにもいなかったのです。そのため、宝を運ぶ途中で攻撃されると誰も考えていませんでした」

 だからこそ奇襲になったのです、とわたしが言うと、「ぬるい。……ぬるすぎる」とおじい様が表情を険しくしていく。迪塔勝負とは思えないぬるさらしい。宝盗り迪塔が主流だった頃は一体どんな状態だったのだろうか。考えるだけでも恐ろしい。

「けれど、そのぬるい奇襲は半分成功で半分失敗でした。埃倫費斯特の騎士見習いの連携が全く取れていなくて、敦刻爾弗格が即座に態勢を立て直したのです」
「……あぁ」

 思い当たることがあるようにお父様が顎を撫でながら頷いた。わたしはせっかくの機会なので、お父様に見習いの訓練を強化してもらえるようにお願いすることにした。

「騎士団長、このような夕食の席で何ですが、騎士見習いの訓練も見直した方が良いと思います。この数年間は宝盗り迪塔から速さを競う迪塔へと変わったため、貴族院では連携や役割分担について座学で学んでも、実践には全く結びついていないようです」
「なるほど。近年の急激な質の低下はそういう理由もあったのか。こちらも領主一族の護衛騎士を鍛える方を優先していたから、見習いへの教育は後回しとなっていたからな。早急に見直そう」

 騎士団の上層部は基本的に領主一族の護衛騎士である。彼らが代わる代わるおじい様の猛特訓に駆り出されていれば、下への教育が多少おざなりになるのは仕方がないかもしれない。城で襲撃があった以上、見習いへの教育より、護衛騎士への特訓の方が優先順位は高いのだから。

「敦刻爾弗格は領地での教育がしっかりしているのか、寮監の魯文先生が全力で鍛えているのか、埃倫費斯特とは比べ物にならない見事な連携でした。このままではせっかく個人の魔力を上げることができても、埃倫費斯特が迪塔に勝つことは難しいと思いました」

 連携らしい動きができていたのは、領主一族の護衛騎士見習いだけですから、とわたしが言うと、彼等を特訓していたおじい様がギラリと青い目を光らせた。

「ふぅむ、蘿絲梅茵がそこまで憂うならば、領主一族の護衛騎士の教育はある程度形になったし、今後は見習いを鍛えるか?」
「安潔莉卡や科尼利厄斯をあれほど鍛えてくださったのですもの。わたくし、期待しておりますね」
「む? うむ、任せておけ!」

 おじい様が頼もしい笑顔で請け負ってくれたし、おじい様の特訓が一段落したことで騎士団も下への教育に手をかけることができるようになるだろうし、多分これから先、見習い達はぐっと強くなれると思う。

「蘿絲梅茵、結局、奇襲には失敗したのであろう? その後はどうしたのだ?」

 養父様が話の先を促し、皆の視線がわたしへと向けられた。

「奇襲その2を決行しました」
「奇襲その2だと?」
「はい。宝の魔獣を暴れさせれば、敦刻爾弗格もこちらを攻撃する手を緩めることになるし、強い魔獣相手に手加減してはいられなくなるし、魔獣を狩りやすいのではないか、と考えて、魔獣を巨大化させました」
「はぁ!?」

 目を見開く周囲にわたしは自分がしたことを告げる。

「わたくしの魔力を込めた榴爾の実の欠片に費迪南様の激マズ……いえ、最も効果のある回復薬を数滴垂らして、優蒂特に投げてもらいました。周囲に落とせば、魔力に飢えた魔獣が勝手に食べてくれると思っていたのですが、優蒂特は口の中に打ち込むことに成功したのです。すごいでしょう?」

 わたしが優蒂特のすごさを自慢していると、ものすごくコメントに困ったような顔で養父様が口を開いた。

「……あ~。つまり、魔獣を回復させた上に、巨大化させて暴れさせたということか?」
「そうです。突然巨大化した宝に敦刻爾弗格が対応しているうちに、科尼利厄斯兄様と安潔莉卡に魔力回復をしてもらい、全力で魔獣に魔力を打ち込んでもらって勝利しました」

 シーンと沈黙する一同の中、神官長だけは興味深そうに何度か頷いている。

「初めて経験する宝盗り迪塔の中で、なかなか面白い手を使ったな。本当に君の発想には驚かされる」
「魯文先生には費迪南様を彷彿とさせる奇策と言われました」

 どんな手段を使っていたのですか? と聞いたら、また迪塔の作戦に関する資料を見せてもらえることになった。

「うーむ、面白い奇策かもしれぬが、冬の主討伐には使えぬな」
「……この策を使うと、冬の主が余計に強くなりますからね」

 お父様の言葉にわたしは肩を竦めた。お役に立てなくて残念である。



 そして、夕食を終えて城の自室へと帰ると、奧蒂莉が迎えてくれた。奧蒂莉は哈特姆特のお母様だ。よくよく見ると、顔立ちが似ている気がする。
 すでにお風呂の準備ができていて、わたしは服を脱がせてもらい、お風呂に入ることになった。

「今日は魔術具も外しますね」

 莉希爾達にそう言われて魔術具を外されると、全身が一気に重くなって、思うように動けなくなった。それでも、全く動けなかった完全介護状態から考えると、七割介護くらいには回復した気がする。足がプルプルするけれど、前と違って自分で立っていられた。
 莉希爾達と奧蒂莉に抱き上げられて、介護状態でお風呂に入れられる。

「蘿絲梅茵様、哈特姆特を親隨に加えてくださってありがとう存じます。ただ、愚息が蘿絲梅茵様にご負担をかけているのではないか、と心配でなりません。お役に立っているのでしょうか?」

 わたしは「聖女伝説を加速してくれています」という言葉を呑み込んで、哈特姆特が領地対抗戦の結果をまとめてくれたり、菲莉娜を始めとした文官見習い達に情報収集の仕方を教えたり、文官見習いの上級生として頑張ってくれていることを伝えておく。

「あの子は本当に蘿絲梅茵様に入れ込んでおりますから、調子に乗っていると思ったらすぐに止めてくださいませ。蘿絲梅茵様のためならば、と浮かれて先走る様子が目に浮かぶようで、わたくしは不安でならないのです」

 奧蒂莉から聞かされた哈特姆特の中のわたしは、慈悲深く、謙虚で周囲に祝福を惜しみなく与えるという別人のような聖女だった。早目にその幻想を潰しておこう、と固く決意したところで、わたしは哈特姆特の言動を思い返して首を傾げた。

 ……さすがに貴族院の生活で実態を見て、幻想は潰れたと思いたいんだけど、あんまり潰れてない気がするんだよね。解せぬ。

 お風呂を終えてパジャマを着た後は、莉希爾達によって早々にベッドへと追いやられてしまった。正確には、魔術具を付けてもらえないままにベッドへと寝かせられた。

「貴族院では周囲の目もあり、魔術具を外せませんでしたが、今夜は魔術具を外して、姫様はご自分の体が一体どういう状態なのかをよく知るべきです。このような体で無茶ばかりなさるのですから」

 莉希爾達に、見ているこちらが冷や冷やいたします、と言われ、わたしは言葉に詰まる。貴族院ではずっと魔術具を付けていたので、自分の体が回復していないという意識がなかった。けれど、こうして魔術具を外されると、目覚めてから二月になろうとしているのに、大して回復していないことがよくわかる。

「今日はゆっくりとお休みくださいませ。明日には神殿に戻るということですし、またお忙しい日が続くのでしょう?」
「そうですね」

 本諾達に手紙を書いて、できれば面会をして直接話をした方が良いことはたくさんある。孤児院の様子も見たいし、工房の様子も見たいし、奉獻式は間近だし、神官長のお手伝いもたくさんあるに決まっている。

「わたくし自身は姫様が神殿へと向かうのをお見送りした後、下がらせていただくことになるからこそ、ずっとお忙しい姫様が気がかりでなりません」
「莉希爾達はずっと貴族院で付きっきりだったもの。ゆっくり羽を伸ばしてきてちょうだい」
「ありがたいお言葉に存じます。ですが、姫様。本当に御身にはお気を付けくださいませ。貴族院と違って埃倫費斯特では、姫様の体調は最優先にされることですから」

 そんな言葉と共に明かりが消され、わたしは少し早目の就寝時間となった。



 次の日、吹雪が弱まる時を見計らって、神殿へと移動すると言われたため、わたしはいつでも出発できるように準備を整えた状態で、ベンノ宛ての手紙を書いていた。

 貴族院で流行発信したため、リンシャン、髪飾り、磅蛋糕、植物紙が領主会議での話題に上がりそうだということと、それに関してもう少し後の吹雪が収まった後で領主からギルド長と吉爾貝塔商会とプランタン商会へ呼び出しがあるということを知らせておく。
 次の土の日から奉獻式になるので、それまでは神殿にいるというわたしの予定と、晴れ間があれば直接話がしたいということも書いておいた。

 奧托とギルド長に向けても同じような文面の手紙を書いた。
 吉爾貝塔商会へは髪飾りの発注書も同封しておく。最高級の糸を使って、成人式に付けるための赤を基調としたコラレーリエの花の髪飾りを作ってほしい、と書いた。

「これでよし」

 わたしは手紙を上着のポケットに入れて、一つ頷く。
 さて、時間が余ってしまったようだ。何を読もうか、と考えていると、わたしが考えていることがわかったのか、莉希爾達が書箱の鍵を手に取った。奧蒂莉が「こちらを開けてください」と莉希爾達に声をかけて、片方の書箱を開けてもらう。

「蘿絲梅茵様、愛爾維拉様より二冊の本が贈られております。哈爾登采爾で印刷された本でございます」

 書箱に新しい本が増えていると言われ、喜び勇んで覗いてみると、植物紙で作られた騎士物語集が二冊並んでいた。表紙はシンプルで、厳選騎士物語集と貴族院物語としか書かれていない。
 その本には手紙が同封されていて、領主の許可がなければ神官長が入って来られない城の部屋でだけ読むこと、部屋の外には出さないこと、というお母様の注意書きがあった。

 パラパラと流し読みをしたところ、一冊目はお母様が自分のお気に入りの騎士物語を集めたもので、挿絵だけ神官長をモデルにした物のようだ。維爾瑪ではない、別の絵師が挿絵を描いているが、モデルが神官長だということは一目でわかる。維爾瑪が絵具のお礼に贈った絵を元に描いたのか、お母様が口出ししたのか知らないけれど、維爾瑪が描く神官長よりも三割り増しくらいキラキラしている。
 厳選騎士物語集は間違いなく、騎士の物語だが、どれもこれも恋愛に比重が偏っている話ばかりが集められていた。

 そして、奧蒂莉によると、一冊目を派閥のお茶会で秘密裏に売って、その時に盛り上がった勢いでできたのが二冊目の貴族院物語らしい。お母様達が知っている貴族院での恋の噂が詰まった学園恋愛物の短編集だった。執筆はお母様と有志らしい。

「……お母様にこのような才能があっただなんて、わたくし存じませんでした」
「愛爾維拉様は文官見習いの頃から、このような書き物は得意とする方でしたよ。ここ最近、楽しい趣味を見つけた、とおっしゃって、とても生き生きとしております」
「奧蒂莉もこの本を読んでいるのですか?」
「えぇ、楽しんでおりますよ」

 神官長の本を作るために実家の土地に植物紙工房から印刷工房まで作ってしまう情熱に圧倒されつつ、わたしはパラパラとページをめくる。

 ……貴族院の学園恋愛なら挿絵の男性を全部神官長にしなくていいと思うよ、お母様。

 一つだけ騎士物語のお話を読み終わったところで、神殿に戻る、と言われて、わたしは本を閉じた。

 わたしを見送るために親隨達が一緒に移動する。神官長と埃克哈爾德兄様と尤斯托克斯が待っていて、わたしがそちらに向かって進み出ると、丹米爾と安潔莉卡が共に出てきた。

「安潔莉卡も神殿へと行くのですか? まだ成人していないのに、城以外の護衛任務につけてもよろしいのですか?」

 わたしが神官長と安潔莉卡を見比べると、神官長がやる気満々の安潔莉卡を見下ろして、軽く頷いた。

「成人式は終わっていないが、すでに15にはなっている。周囲に心配されていた課程は終えたようだし、本人がやる気だ。何より、女性騎士がいない状態は困るからな」

 洗礼式で親が見繕ってくれた時と違い、もうわたしは自分の親隨を自分で選ばなければならない年になっている。成人女性の騎士は奉獻式の後で選びたければ、選べば良いと言われた。

「蘿絲梅茵様、わたくし、やっと護衛任務につけるようになったのです。やらせてくださいませ」
「騎士団長や養父様から許可が出ているなら、わたくしは構いませんけれど」

 わたしが小熊貓巴士を出すと、先に慣れている艾拉が後部座席へと乗り込み、安潔莉卡は以前布麗姬特がしていたように助手席に乗り込んだ。
 シートベルトの締め方を教えて、わたしがハンドルを握っていると、神官長の仕事道具がどんどんと後部座席に詰め込まれていく。

 ……わたしの荷物より多いんですけど。

「蘿絲梅茵大人、準備好了嗎?」

 丹米爾の言葉に頷くと、バッと丹米爾が手を挙げた。神官長がそれを見て、扉の脇に控えている諾伯特へと視線を向ける。

「扉を開けてください」

 諾伯特の号令によって、大きく扉が開かれた。吹雪が弱まっているとはいえ、雪は降っている。その中へと青いマントと黄土のマントが飛び出していった。わたしは見失わないようにアクセルを踏み込む。
 背後から「いってらっしゃいませ、蘿絲梅茵様」という声が聞こえてきた。

「蘿絲梅茵大人の騎獣は快適ですね。驚きました」
「うふふん。そうでしょう? 可愛くて、便利な優れものなのです」

 わたしは艾拉と調理道具と自分の荷物と神官長の仕事道具が詰め込まれた後部座席をちらりと見つつ、雪の中を神殿に向かって駆けていく。

「安潔莉卡、神殿の侍從達は皆灰色神官や灰色巫女です。けれど、丹米爾や安潔莉卡と同じように、わたくしに心を尽くして仕えてくれています」

 貴族の神殿に対する蔑視は強い。丹米爾は自分の失敗を償うため、左遷という形で神殿に来たし、布麗姬特は伊爾格納のためならば何でも我慢するという心構えで護衛騎士になったため、侍從に対する態度をあからさまに厳しいものにしたことがない。
 だからこそ、新しい護衛を神殿に入れるのは、どうしても慎重になってしまう。

「……よくわかりません。蘿絲梅茵様はわたくしにどうして欲しいのでしょう?」
「ただ、わたくしに仕える者同士、嫌悪をあからさまにしないでくれると嬉しいです」
「えーと、嫌悪? あからさま? ……何となくわかったような気がします」

 ……わかってない!

「安潔莉卡が神官や巫女の侍從とも仲良く仕事をしてくれると嬉しいです」

 わたしが簡潔にそう言って安潔莉卡の様子をちらりと見ると、憂える美少女だった安潔莉卡の表情がパッと明るくなった。

「わかりました。任せてください」



「おかえりなさいませ、蘿絲梅茵様」

 神殿に戻ると、弗蘭を始めとした侍從の面々が出迎えに来てくれている。小熊貓巴士から荷物を下ろす神官長の侍從達と共に、わたしの侍從達も動き出す。艾拉が仕事道具を運ぶのを維爾瑪が手伝い、わたしの荷物を莫妮卡が運び始める。

「蘿絲梅茵様、彼等の手伝いをしてもよろしいでしょうか?」

 薩姆が神官長の侍從の手伝いを願い出たので、わたしは軽く頷いた。かなりの量があるので、早く荷物を出してくれなければ、騎獣を片付けることもできない。弗蘭と弗裡茨もひとまず神殿の中に荷物を運び込んでしまおうと動き出す。

「では、私も手伝ってまいります」
「吉爾は待ってちょうだい」

 吉爾が薩姆と同じように動こうとするのを止めて、わたしは吉爾にポケットの手紙を渡した。

「今の吹雪が弱まっているうちに、急いでこれをプランタン商会に届けてきてください。そして、こちらが吉爾貝塔商会で、こちらがギルド長宛ての手紙だと伝えてください。領主様からの呼び出しがあると言えば、事の重大さがよくわかるはずです」
「すぐに行きます」

 伊爾格納や哈爾登采爾へと一緒に行っている吉爾は、一番プランタン商会や吉爾貝塔商会と繋がりが深い。彼らの苦労を間近で見て、貴族関係の無茶振りには工房代表として巻き込まれているため、吉爾は三通の手紙を手にすると、顔色を変えて駆け出した。

 皆で協力したので、荷物を神殿に運び込むのはすぐに終わり、その後は神官長の侍從に任せて、わたしは自分の侍從を連れて、自室へと戻る。一足先に戻っていた妮可拉がお茶とお菓子を準備してくれていた。

 わたしはこれから布麗姬特の代わりに神殿で護衛してくれる騎士として、安潔莉卡を紹介した。

「蘿絲梅茵様にお仕えする者同士、協力し合えたら良いと思います」

 キリッとした顔でそう言った安潔莉卡に弗蘭達の方が少しばかり面食らったような表情になった。貴族らしくない安潔莉卡への対処に困っているようだが、丹米爾がこめかみを押さえて溜息を吐いたところを見て、普通ではないことを悟ったのか、弗蘭が苦笑するように口元を歪めた。

「神殿における筆頭侍從弗蘭です。蘿絲梅茵様に安潔莉卡様のような護衛騎士がいらっしゃることを喜ばしく思います。これからどうぞよろしくお願いいたします」

 丹米爾と安潔莉卡が扉の前に立ち、神殿における護衛の仕事について、色々と確認をしている。話だけしていても、実際に見たり、動いたりしてみなければ、安潔莉卡が理解してくれないことは多々あるのだ。

「弗蘭、不在の間の報告をお願いします」
「かしこまりました」

 孤児院で風邪を引いた子が数人いたけれど、特に問題なく終了したらしい。工房での冬の手工副業や印刷も順調で、特に問題はないようだ。

「吹雪が止んで春が近付くと、プランタン商会や吉爾貝塔商会が城に呼ばれることになっています。ですから、奉獻式までの間に面会依頼が来ると思うのです。吹雪が弱い時を見計らって面会を行うことになると思うので、いつ面会があっても大丈夫なように孤児院長室を整えておいてください」
「かしこまりました」

 全員からの報告を聞き終わる頃に、吉爾が雪まみれで戻ってきた。ガチガチに震えている吉爾が少しでも暖かいように、暖炉の側で報告を聴く。

「ベンノ様は、やっぱりきたか、と言っていました。これからギルド長と吉爾貝塔商会にも連絡を取って、明日、吹雪が弱まった時に面会したいそうです」
「おそらく魯茲の先触れがあるでしょうけれど、吉爾も孤児院長室の準備をお願いね」
「はい」

 わたしは午後に孤児院へ向かって、子供達の様子と手工副業の進み具合を確認するということを皆に伝え、吉爾を見た。

「では、吉爾は急いで着替えてらっしゃい。忙しくなりそうなのに、風邪を引いては大変ですもの」
「かしこまりました」

 宣言通り、昼食後に孤児院を見回って、子供達の成長ぶりに目を見張り、迪爾克に問題はないかデリアに確認した。特に問題なく迪爾克はすくすくと育っているらしい。

「最近はやんちゃになって、あまり言うことを聞かなくなってきています」
「迪莉婭の言うことはきちんと聞いてます。僕は良い子ですからね、蘿絲梅茵様」
「もー! 迪爾克は嘘ばっかり!」

 迪莉婭が怒った口調でそう言いながらも、顔が笑っている。良い姉弟関係を築いているようで安心した。



 次の日、3の鐘が近付いてきた時間帯に吹雪が弱まってきているのを見た弗蘭が、神官長のお手伝いに持って行く荷物を机に置いて、代わりに一冊の本を抱えた。

「蘿絲梅茵様、孤児院長室へ移動しましょう。本を読んでいるうちに到着するでしょう」

 弗蘭の言う通り、孤児院長室に着くまでに吉爾から「これから来るそうです」と連絡が入る。
 いつ来ても大丈夫なように暖められていた孤児院長室でわたしは本を読み始めた。

「いらっしゃいましたよ、蘿絲梅茵様」

 プランタン商会から本諾と馬爾克と魯茲、吉爾貝塔商会から奧托と提奧と雷恩、そして、ギルド長とその補佐が二名、雪の中を歩いてきたようで、誰も彼も雪まみれだ。
 コートを脱いで、帽子をとって、二階へと上がってくる。

「本日はお時間を取っていただき、感謝の念に堪えません」

 失敗できない大仕事を前にした緊張感に強張った顔が並んでいるのを見回し、わたしは席を勧めた。

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 すみません。久し振りに予告詐欺やらかしました。
 城でのやり取りを書いているうちに楽しくなって、ベンノさん達との話し合いまで行き着けませんでした。

 明日こそ、呼び出された商人達です。

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